最新情報
このページは、2013年6月現在の情報である。Pro Tools 11がリリースされた直後に私が試したことを書き留めている。この追記を書いている時点(13年12月)、Pro Toolsは11.1になっている。
11.1でアクセシビリティは大きく改善されている。この改善に関するレビューは別の記事にするが、このしたの文章を読んで「Pro Toolsはブラインドのミュージシャンには使えない」と誤解なさらないように御願いしたい。あくまで11.0, 11.0.1のレビューである。
前書き
さて、新しいものが出れば経済的に許すなら購入して試してみようという原則に則って、AVIDストアにPro Tools 11が現れて数時間後、ちゃんと注文して手に入れてみた。この記事は、執筆時点での私の環境と状況に置けるPro TOols 11の雑感である。一般的なことについては必ずほかの人のレビューを参考にしていただくように御願いしたい。
しかしながら、今回のように完全に改悪となってしまったユーザが確実にいると言うこと、そしてその改悪はPro Toolsの進化にとってどうしても必用だったとは私には思えないこと、今後AVIDに対してこれらの状況を伝えていく必用があるだろうことを、読者に少しでも理解していただければ幸いである。
もしこの記事を読んでご自分でも試して見たいという方がいらっしゃればと思う。Mac OS 10.7以降、日本語の画面読み上げにも対応している。Command+F5キーを押すとなにかしらしゃべり始める。この状況でマウスを使わず、キーボードのみでの操作を行っていただければ、だいたいのことは理解していただけるのではないかと思っている。
使用状況、前提条件
私はこれまで、Pro Tools 10をMacの画面読み上げ支援技術であるVoiceOverとともに使用してきた。この使用方法については、『Pro ToolsをVoiceOverで使ってみよう』のページで紹介している。
まだまだPro ToolsのVoiceOver対応は不完全であり、操作できない作業がそれこそ山のように存在していた。Pro Tools 11になるとき、それらはどのように扱われ、あるいはVoiceOver対応そのものがどのようになるか、このことは現状の私にとって最大の関心事の一つであった。
今回の使用では、Pro Tools 10で私が行ってきたことがPro Tools 11で可能なのか、AVIDはPro Toolsのアクセシビリティ対応に関心がありそうなのか、そんなことを書いていきたいと思う。
いきなり結論から
現時点では、視覚障害を持っていてVoiceOverでPro Toolsを使おうと思っている冒険者であっても、Pro Tools 11へのアップグレードは強くお勧めしない。3万円の投資に見合った恩恵は受けられないからだ。もちろん購入してAVIDサポートに改善提案を出すと言うような目的ならば、ぜひ御願いしたい。
UIのデザインが大きく変更され、ほとんどが使用できなくなった。私が上記ページで紹介していることはまったく作業することができなくなった。セッションを時分の意図したパラメータで作る事、トラックを時分の意図したパラメータで作る事、プラグインをインサートすることなど、これまでおこなえていたことはPro Tools 11をVoiceOverを使ってマウスを使わない場合には、全く操作できない。
幸いなことに、Pro Tools 11のライセンスには、Pro Tools 10のライセンスが付属している。これで良いとはとても言わないけれど、この過渡期の間、Pro Tools 10を使うという選択肢はある。
いずれにしても私がこれまで試してきた情報からすると、視覚障害者がDTMをおこなおうとしたときにある程度の大規模なプロジェクトになった場合、Pro Toolsが最良であるだろうと思う。
操作の実際
「できない」の連続になるのだが、実際に私が試したことを書き留めておこう。なかなか厳しい状況である。
Pro Toolsの軌道
これまでと同じように、クイックスタート画面が表示される。しかし、この画面、VoiceOver的にはなにも読むことができない。Escキーを押せばクイックスタートを閉じることはできる。
セッションの作成
Command+Nキーを押すと、新しいセッションを作成する画面が表示される。この画面もVoiceOverでは操作できない。エンターキーを押せばその時点での設定に従ってセッションが作成されるが、例えば空のセッションを作成することはできなくなっただろう。サンプルレートを変更する、サラウンドセッションを作成するなど、これまでおこなえていた操作はできなくなった。
セッションが作成されると保存ダイアログが表示される。ここは標準ダイアログのようで、VoiceOverを使って操作できる。
トラックの作成
これも、行うことができなくなった。Command+Shift+Nキーを押すと新規トラックを作成するダイアログが表示される。VoiceOver的に操作できるのは、一度に複数のトラックを作成するためにトラックパラメータを増やす(あるいは減らす)ボタンのみである。各トラックのパラメータを設定することはできない。なんと、instrumentalトラックを作成することができなくなったわけだ。私にとっては致命的問題。
作成したトラックの操作
Pro Tools 10と同じように、VoiceOverを使ってミックスウィンドーに存在するトラックを見つけることはできる。見つけたトラックにインタラクト(Ctrl+Shift+Option+下矢印キー)すると、それぞれのコントロールを見つけることができる。ここまではPro Tools 10と同じ。
さて、オーディオ入力を割り当てようとしてみよう。オーディオ入力セレクターをクリックするとメニューが表示される。上下矢印キーでメニューは選択できるが、どの項目が選択できるかをVoiceOverでは読み上げなくなった。結果、意図した項目を選択するのは極めて困難になった。
私が試した限り、選択項目は操作できなくなった。プラグインのインサート、センドの割り当て、オートメーションモードの設定など。
ならばバウンス?
Pro Tools 11の注目点の一つとしてオフラインバウンスがあったはずだ。これまで最終ミックスから例えばMP3ファイルを生成するのに、その曲と同じ時間がかかっていた。これが高速になったというのがセールスポイントだったはずだ。
さて、Option+Command+Bキーを押してバウンスダイアログを表示してみた。予想していたように、VoiceOverでは操作できない。新規セッションダイアログと同じように、VoiceOver的にはなにも画面上に存在しないことになっている。
初期設定など
書くまでもないかもしれないが、メニューバーから初期設定を起動してみた。結果は同じ。初期設定だけでなく、メニューバーの設定メニューにあるサブメニューもそれぞれ操作できない。これでは、コントロールサーフェスすら有向にできない。
実は最初に困ったこと
直接的にAVIDの問題ではないが、iLokにライセンスを転送する方法が変更されている。これまでウェブブラウザを使って転送していたが、専用のアプリケーションが使われるようになった。このアプリケーションもVoiceOverから見ると、画面上になにも存在しないように見える。結果、iLokへのライセンス転送はできない。
最後に
私にはアシスタントがいるわけではない。作業をするとき、もっとも従順なアシスタントは私自身なのだ。すべての決定は私が行う。その決定にほかの人の人格は入る余地がない。音楽制作ならば多くの人が関わりそれぞれが知恵とアイディアと完成を出し合って一つのものができていく。しかし、例えばレコーディングを行うためにテープデッキを操作する、編集を行うためにコンピュータを使う、そんな作業は基本的に作業する人が行えばよいことだ。
現状のPro Tools 11は、たいへん残念な状況にある。なにもPro Toolsに限ったことではないが、なんとも釈然としない気分であることを最後に書いておこう。できるかぎり多くの自己決定をしたいだけなのだ。
追記
6月28日午後、AVIDカスタマーサポートに連絡してみた。質問は、「VoiceOver環境に対応しているか」、「対応していない場合今後の対応予定はあるか」である。回答は下記。
AVID製品をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
アビッド オーディオサポートの松木です。ボイスオーバーの件ですが、キリアケ様にてご確認いただいた通り対応していないようでした。
開発に確認したところ今後の対応予定もないとのことでした。他にもご不明点等ございましたら、遠慮なくお知らせください。
なにを質問してみようかなと思っている。まだインシデントは生きているみたいなので、この件で聞いてみたいことがある方、どうぞ御連絡を。
付録: 試してみたくなった人のために
ごく簡単にVoiceOverのコマンドを記す。詳しくはAppleのページか、そのうち私が書こうと思っているMac OSに関するページをご覧いただければ幸いである。
使いそうなコマンド
- VoiceOverの起動と終了: Command+F5
- 項目間の移動: Ctrl+Option+左右矢印
- 読み上げた項目のクリック: Ctrl+Option+Space
- トラックなど子項目のある場合に、その中に入る(インタラクト): Ctrl+Shift+Option+下矢印
- インタラクトの終了: Ctrl+Shift+Option+上矢印
読み上げている単語が画面下に表示される。音声が聞き取れなくても、なにを読んでいるのかが視覚的にわかるようになっているので、興味を持たれた方はぜひ試していただければ幸いである。