『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』に思う

まえがき

ことしもこの季節がやってきた。小さいお子さんのいる家庭では毎年期待されている方もいらっしゃるだろう。ということで、私も実は期待している。

さて、今年の映画はストーリーが明かされている。1985年に公開された『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』のリメイクである。当時私は中学1年生だったのでテレビでちらっと見たくらいで内容は殆ど覚えてない、武田鉄矢が主題歌を歌っていたのを覚えているくらいだ。『宇宙戦艦ヤマト』のほうが楽しかったもんなあ。

さて、観に行くかどうか正直悩んだ、まだ悩んでいる。ご存知のように、2022年2月24日にロシアはウクライナに攻め込んだ。今世界は第2次世界対戦以降最大規模の軍事作戦だと言われている。そんな状況の中、あからさまに「戦争」という単語を用いた映画を子供に見せる必要はあるのか?そう思ってしまうからなのだ。

ということで、オリジナルの映画を観てみることにした。1時間半ほどの作品だ。

娯楽作品として

申し分ない。子供がいつもやる戦争ごっこ、映画作りたいごっこ、社会と子供らしく関わるストーリー、友情、目的に向かう力、優しさ、厳しさ。ちゃんと描かれている。スネ夫としずかとのシーンはその象徴的なものだろう。

ドキドキもするし、小さい子供なら泣き出すこともあるかもな、という怖さもちゃんとある。ちゃんとパピがどうなるかを見届けてあげられればとっても楽しいし得るものも大きいと思う。

戦争を扱った作品として

これまで世界の歴史の中で戦争や紛争が絶えたことはない、そんなことみんな知ってる。そしてその原因は様々だ。そして、消滅させられた文化があることもみんな知ってる。そして、戦争や紛争を集結するにはなんらかの話し合いが必要なこともみんな知ってることだろう。もはや根絶やしになんかできる時代ではない。

この映画で、反乱軍と政府軍は、あるいはドラえもん達と反乱軍は直接的にテーブルに付くシーンはない。それどころか、なぜ反乱に至ったのかすら語られていない。単純な「悪役」である。おそらくここが、私が今年この映画を鑑賞するべきかどうかを悩んでいる最大のポイントなのだ。

相容れないものとでも生きていかなければならないことはある。間違いを犯せば正さなければならないことはある。そして、正す時間が多くあるのは子供の時だと私は思う。反乱軍はなにを間違ったのか、なぜ反乱軍になったのか、新しい時代でどのように生きていくのか。ただ「仲良く生きてます~」では弱いだろう。それは、戦争を経験してしまった国がずっと背負わなければならない過去だ。

この映画のメインターゲットである小学校低学年までの子供に、そこまでを要求するのは厳しいかもしれない。でもね、「悪い人だから排除して良い」というのは短絡的ではないだろうか。

そうは言っても

ドラえもん作品に共通していることだが、ドラえもん達はおそらく殺人をしたことはない。戦闘艦が無人なのは、仮に攻撃で損傷しても人は死なない、という配慮だろう。ジャイアンが大きくなってドラコルルの座乗する戦闘艦を沈めているのも、こうすれば殺人をしなくてすむからだ。通常攻撃ならば殺人をしてしまう可能性は残る。

そういう意味では、「悪いから排除して良い」とは作者も言っていないのだろうとは思う。

この映画で描かれている物語が終わったあとに、ピリカ星ではギルモアは何らかの形で裁かれるだろう。そのストーリーは、それぞれの家庭で考えてね、ということなのだろうと私は理解している。しかしなあ、もう少しヒント投げといてくれないかなあ、あいや、大人ならば自分で考えろってことですかねえ。

さてと

こうして書いていたら、映画館に行っても良いような気がしてきた。ドルビーアトモスも体験できそうだし。観たら後日談を書くかもしれない。